今回は前回とは逆に、紹介したい事がありすぎて、どれを説明したものか迷ってしまいました。
そこで特に気になったところを二つ程紹介します。
まずは、南凉の禿髪 ジョク[亻+辱]檀(とくはつ じょくだん )の伝から。
凉王を名乗ったジョク檀に姚興が取って代ろうとし、韋宗という人に人物鑑定を頼みます。
その評価が以下の文章です。
「奇才英気、華夏を必とせず、明智敏識、読書を必とせず。
吾今乃ち九州の外、五経の表に復た自ずから人有ることを知るなり」
韋宗は、ジョク檀が権謀詐術に優れていることを見抜き、姚興にクーデターを思い止まらせます。
ここで問題なのは、「華夏」、「九州」って何??ということですね。
この文章の初めは非常に簡単な対句表現となっています。
奇才英気不必華夏 ― 明智敏識不必読書
簡単に「華夏」、「九州」について説明しますと、
「華夏」・・・漢の時代以前に中原の黄河流域に暮らす部族で、漢民族を構成する主体。
『春秋左氏伝』襄公26年(紀元前546年)の「楚 華夏を失う」に、
唐の孔頴達は「華夏は中国なり」と疏をつけています。
「九州」・・・夏の始祖とされる禹が,洪水を治め,河川の流路を整備し,
全国を九州(冀,兗(えん),青,徐,揚,荆,予,梁,雍)に分けたことから、
中国全域を示す総称となりました。『書経』禹貢篇にあり。
つまり、「華夏」と「九州」はどちらも中国全域を意味するのです。
次の「読書」と「五経」も同様です。
「五経」は、易経・詩経・書経・春秋・礼記の経書、学問の最上位の教科書です。
文中では、
「華夏」と「九州」 「読書」と「五経」
これらが掛かり言葉となっているのです(古典の授業みたいですが笑)。
さらに技法的に言うならば、反復の強調、といったところでしょうか。
試に超訳現代語にしますと、
「非凡な才能であること、中華の英雄を必要とせず、聡明で博識であること、読書をも必要としない。中華の内を見るまでもなく、また五経の中を読むまでもない。私は今初めてこのような人がいることを知った」
だから、お前(姚興)なんかが敵う相手ではないぞ、と。
しかし、ここまで評価されたジョク檀ですが、最後は敵を軽んじ、備えを怠ってしまいます。
こんなに能力が強調されているのに、個人戦は得意でも、団体戦は苦手だったのでしょうか。
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