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2014年6月9日月曜日

本日のコラム 第二弾

さて、前のコラムが長くなってしまうので、第二弾としてもう一つ紹介したいと思います。
実はこちらの方が本命のネタだったのですが、簡潔に述べたいと思います。

「陶潜嘗て彭澤の令と為る。郡、督郵をして至らしむ。吏、束帯してこれに見えんことを請う。
潜が曰く、我れ能く五斗米の為に腰を折らんやと。
即ち印綬を解きて去り、帰去来の詞を賦し、五柳先生の伝を著す」

この辺りになると、業界の有名人が多く輩出されています。
陶潜もその一人で、「桃花源記」やここにも出ている「帰去来の辞」など、教科書にも出てくるような大文学者で、陶淵明の名でもよく知られています。
『廿二史略』の陶潜の条では、「帰去来の辞」を書く所以となった話が載せられています。
それが上に引用した文章ですが、
簡単に言いますと、彭澤の県令となった陶潜さん、監督官におもねるのが嫌で嫌で仕方なくて、日給が米五斗の薄給でそんなことまでやってられるかと逆上して、家に帰ってしまったわけですよね。
そこからの田舎に引きこもりスタートで、いわゆる「田園詩」とか「遊仙詩」なんかを書いていた、我々NE○Tの偉大なる大先輩ユニークな隠逸詩人であるわけです。
そんなこんなで、東洋版ユートピアなる「桃花源記」も書かれたのです。

少し遊びすぎました。閑話休題。

本日のコラム

今回は前回とは逆に、紹介したい事がありすぎて、どれを説明したものか迷ってしまいました。
そこで特に気になったところを二つ程紹介します。

まずは、南凉の禿髪 ジョク[亻+辱]檀(とくはつ じょくだん )の伝から。
凉王を名乗ったジョク檀に姚興が取って代ろうとし、韋宗という人に人物鑑定を頼みます。
その評価が以下の文章です。

「奇才英気、華夏を必とせず、明智敏識、読書を必とせず。
吾今乃ち九州の外、五経の表に復た自ずから人有ることを知るなり」

韋宗は、ジョク檀が権謀詐術に優れていることを見抜き、姚興にクーデターを思い止まらせます。
ここで問題なのは、「華夏」、「九州」って何??ということですね。
この文章の初めは非常に簡単な対句表現となっています。

  奇才英気不必華夏 ― 明智敏識不必読書


2014年5月26日月曜日

本日のコラム

前回の「本日の一言」が一言にしては、やはり長いとのご指摘により、
この余談を「本日のコラム」と題しまして掲載することにしました。

さて、今回は・・・内容には特に面白いというか、取り立てて説明するようなこともありません。
それ故、少し話題に上りました、『廿二史略』の作者についてご紹介したいと思います。

『廿二史略』の作者といえば、皆様すぐには出てこないのでは?
『十八史略』は南宋の曾先之が著したものですが、曾先之その人についてはあまり知られていません。
それ以上に、『廿二史略』はあまり評判も上がらず、作者も知られていないように思えます。
版本の(どれでも良いのですが)第1張表をご覧下さい。
作者の所に、

清  岣嶁曠敏本 編次

と書かれています。
まず・・・これは、何と読めばよいのか??、という疑問が浮かびます。
清は、清朝のことですので、もしかして満州族の人?と思われた方もいるかもしれません
(筆者はそう思っていました)。
しかし、よくよく調べてみますと、これは実は以下のように読みます。


2014年5月19日月曜日

本日の一言

本来ならば、輪読会のお知らせの下で小噺として纏めたかったのですが、
あまりにも長くなってしまいそうだったので、前に先生が作った本日の一言として書かせていただくことにしました。
Twitterに独り言として書くよりは漢文会員の皆様の目に触れ、暇つぶしとして読んでいただければと、この本日の一言を復活させようと思い立った次第です。

今回は、『廿二史略』巻四 三十五張表、前三行目


「終に曹孟徳、司馬仲達が人の孤児寡婦を欺きて、狐媚して以て天下を取るに効わじ」


北趙の石勒の所で出てきた一文です。
先のお知らせにも書いたように、石勒は匈奴の別部の出身ですから、一段落ちとなっています。
ここに漢民族の曹操と司馬懿がいかにも悪者という感じで書かれています。
小説『三国志演義』のイメージでは、どちらも蜀漢の敵、というものですよね。
『廿二史略』の作者も曹操の魏ではなく、劉備の蜀漢を正統王朝としています。
しかし、悪玉で名高い曹操はともかくとして、何故司馬懿もセットで書かれているのでしょうか。
このことについて、筆者は以下のように考えました。