実はこちらの方が本命のネタだったのですが、簡潔に述べたいと思います。
「陶潜嘗て彭澤の令と為る。郡、督郵をして至らしむ。吏、束帯してこれに見えんことを請う。
潜が曰く、我れ能く五斗米の為に腰を折らんやと。
即ち印綬を解きて去り、帰去来の詞を賦し、五柳先生の伝を著す」
この辺りになると、業界の有名人が多く輩出されています。
陶潜もその一人で、「桃花源記」やここにも出ている「帰去来の辞」など、教科書にも出てくるような大文学者で、陶淵明の名でもよく知られています。
『廿二史略』の陶潜の条では、「帰去来の辞」を書く所以となった話が載せられています。
それが上に引用した文章ですが、
簡単に言いますと、彭澤の県令となった陶潜さん、監督官におもねるのが嫌で嫌で仕方なくて、日給が米五斗の薄給でそんなことまでやってられるかと逆上して、家に帰ってしまったわけですよね。
そこからの田舎に引きこもりスタートで、いわゆる「田園詩」とか「遊仙詩」なんかを書いていた、
そんなこんなで、東洋版ユートピアなる「桃花源記」も書かれたのです。
少し遊びすぎました。閑話休題。